令和の価値観に慣れた現代人が昭和の生活や社会常識を知ると、思わず「本当にそんな時代があったの?」と驚くことが少なくありません。昭和は1926年から1989年まで続いた時代で、日本が戦後復興から高度経済成長を遂げ、世界有数の経済大国へと変貌した激動の時代でもありました。その一方で、今では考えられないような常識や慣習が数多く存在していました。ここでは、現代の感覚では衝撃的とも言える「昭和の常識」を紹介します。
1. 電話は一家に一台が当たり前
昭和の家庭には、固定電話が一台あるだけで十分でした。しかも電話はリビングに置かれ、家族全員が使う共有物です。誰かに電話がかかってくると、家族が出て「◯◯です、少々お待ちください」と取り次ぐのが普通でした。プライバシーという概念は今ほど重視されておらず、恋人との通話を家族に聞かれることも珍しくありませんでした。
2. 学校での体罰は日常的
昭和の学校では、教師による体罰が「指導」の一環として広く容認されていました。忘れ物をした、生意気な態度を取った、授業中に騒いだなどの理由で、平手打ちやげんこつを受けることもありました。当時は「叩かれて一人前」「厳しさが愛情」と考えられており、親も学校に抗議することはほとんどありませんでした。
3. タバコはどこでも吸えた
昭和の時代、タバコは今とは比べものにならないほど身近な存在でした。電車の中、職場、飲食店、さらには病院の待合室でも喫煙が許されていたのです。教師が教室でタバコを吸いながら授業をすることすらありました。受動喫煙という言葉自体が一般的ではなく、健康への影響も深く考えられていませんでした。
4. 男性は外で働き、女性は家庭を守る
昭和の社会では、性別による役割分担が強く意識されていました。男性は一家の大黒柱として外で働き、女性は結婚すると専業主婦になるのが理想とされていました。寿退社は当たり前で、女性が仕事を続けることに対して否定的な意見も少なくありませんでした。共働き家庭は「特別」な存在だったのです。
5. 個人情報への意識がほぼゼロ
昭和では、個人情報の管理は非常に緩やかでした。電話帳には氏名・住所・電話番号がそのまま掲載され、誰でも閲覧可能でした。学校の連絡網には保護者の連絡先がずらりと並び、地域社会ではお互いの家庭事情を知っているのが普通でした。今では考えられないほど「オープン」な社会だったと言えます。
6. 長時間労働が美徳とされた
昭和の企業文化では、残業や休日出勤は努力や忠誠心の証とされていました。定時で帰る社員は「やる気がない」と見なされることもあり、上司より先に帰るのは暗黙のタブーでした。過労死という言葉が社会問題として広く認識されるようになるのは、もう少し後のことです。
7. 子どもだけで外出するのが普通
昭和の子どもたちは、今よりもはるかに自由でした。小学生が一人で電車に乗ったり、夕方まで外で遊び回ったりすることは日常的でした。近所の大人たちが自然と子どもを見守る地域社会があり、防犯意識も今ほど高くはありませんでした。
まとめ
昭和の常識を振り返ると、現代とは価値観や社会構造が大きく異なっていたことが分かります。不便で危険に見える面もありますが、その一方で人と人との距離が近く、助け合いの意識が強かった時代でもありました。時代が変われば常識も変わります。昭和の常識を知ることは、現代の当たり前を見直すきっかけにもなるのではないでしょうか。