「カラテカ」「プリンス・オブ・ペルシャ」で有名なジョーダン・メックナー(Jordan Mechner)。
ゲーム史に残るクリエイターとして語られることが多いですが、たまにこういう疑問が出てきます。
「メックナーって、プログラマなの?それともデザイナー?」
結論からハッキリ言います。
ジョーダン・メックナーはプログラマです。
ただし、現代の「職業プログラマ(業務システム開発者)」という意味よりも、80年代の個人ゲーム開発者らしい
“コードを書いて作品を形にするゲームプログラマ兼デザイナー”という位置づけが正確です。
結論:メックナーは「プログラマでもある」。しかも初期はガチでコードを書いていた
まず前提として、80年代の家庭用・パソコンゲームの世界は、今と違って分業が進んでいませんでした。
今みたいに「プログラマ班」「デザイナ班」「アーティスト班」「サウンド班」「QA班」みたいな体制が整っていない時代です。
当時のヒット作の中には、個人もしくは少人数で開発されたタイトルが多く、
その場合、作者は当然のようにコードを書きます。メックナーも例外ではありません。
むしろ彼は、その“個人開発の黄金期”を象徴する存在です。
なぜ「プログラマ」と断言できるのか:理由はシンプル
メックナーがプログラマだと言える理由は、感想やイメージではなく、
彼の代表作の作り方を見れば一発です。
理由1:初期代表作が「ほぼ一人開発」=自分でコードを書かないと成立しない
メックナーの代表作として真っ先に挙がるのが、
- カラテカ(Karateka)
- プリンス・オブ・ペルシャ(Prince of Persia)初代
この時代のApple IIなどの環境でゲームを作る場合、
「アイデアだけ出して他人が実装」みたいなことは現実的ではありません。
特に個人主導のタイトルならなおさらです。
つまり、メックナーが実際にゲームとして動くものを世に出している時点で、
コードを書ける(=プログラマ)であることがほぼ確定します。
理由2:当時は低レベル環境。アセンブリ級の最適化が前提
80年代のパソコンゲーム開発は、現代のように便利なエンジンや大量のメモリがありません。
CPU性能も弱く、メモリも限られています。
だからこそ、開発者は当たり前のように
- メモリ節約
- 処理速度の最適化
- 入力判定や衝突判定を軽くする
- 描画を工夫して重さを回避する
といったことをやらないとゲームが成立しません。
「コードが書けないデザイナー」では無理です。
メックナーはまさにその時代の開発者であり、
低レベル寄りのプログラミング能力が必須だった環境で勝負していた人です。
理由3:「ロトスコープ的アニメーション」を実装側で成立させている
プリンス・オブ・ペルシャが伝説になった理由の一つが、
“滑らかすぎるアニメーション”です。
これは、実写を撮影してフレームを起こすような手法(ロトスコープ的手法)により、
当時としては異常なレベルの動きを実現していました。
しかし重要なのは、ここです。
実写を撮って絵にするだけなら、アーティストでもできる。
でも、それをゲームとして動かすには、
- アニメデータをゲーム用の形式に変換
- 各フレームの切り替え
- 当たり判定
- 入力による遷移(走る→止まる→ジャンプなど)
- 段差・床・壁との衝突処理
- テンポを崩さない制御
が必要です。つまり、実装そのもの。
これができる時点で、メックナーがプログラマなのはほぼ確定です。
ただし注意:「現代の職業プログラマ」と同じ意味ではない
ここで誤解が起きやすいので、区別を明確にします。
メックナーは確かにプログラマですが、
それは「現代の業務系エンジニア」や「Webサービス開発者」という文脈とは違います。
- JavaやC#で業務システムを書く人
- LaravelやReactでWebサービスを作る人
- DB設計やAPI実装が本職の人
こういう意味の「プログラマ」と同列に語るとズレます。
メックナーが属するのは、
「作品を作るためにコードを書くゲーム作者(クリエイター兼プログラマ)」
というカテゴリです。
いわば、今でいう「インディー開発者」の先祖みたいな存在。
ただし、当時の方が環境が厳しいので、技術的にはむしろエグいことをやっています。
時代ごとの立ち位置:メックナーは「最初はプログラマ」、後に作家・脚本家寄りへ
メックナーを理解するうえで重要なのは、彼がずっと同じ役割をやってきたわけではない点です。
- 1980年代:メインプログラマ兼デザイナー(個人開発に近い)
- 1990年代:よりディレクション・脚本・制作寄りへ
- 2000年代以降:作家・脚本家・アーティストとしての活動が増える
つまり、「今も毎日コードを書いているタイプのプログラマ」というより、
初期にコードで作品を作り切った“本物のプログラマ世代”という理解が一番しっくりきます。
なぜメックナーのような人物が今は少ないのか
メックナーみたいな「一人で全部やる」タイプが今減った理由は単純で、
ゲームが巨大化したからです。
現代のAAAタイトルは、
- グラフィックが映画レベル
- 3D、物理演算、モーションキャプチャ
- 膨大なアセット(モデル・テクスチャ・音声)
- オンライン要素や運用
などが前提になり、個人が全部やるのはほぼ不可能。
だから分業が進み、「デザイナー」「プログラマ」が別職になりました。
でも80年代は逆で、個人が世界を変えられた時代。
メックナーはその象徴であり、
プログラマとしての実力が作品の核になっていたタイプです。
まとめ:ジョーダン・メックナーはプログラマか?→YES。ただし「ゲーム作者型プログラマ」
- 結論:ジョーダン・メックナーはプログラマ(特に初期はガチ)
- 理由:初期代表作が個人開発に近く、実装が必須だった
- 特徴:ロトスコープ的アニメーションなど“実装の工夫”が作品価値の中心
- 注意:現代の業務系プログラマではなく「作品を作るためにコードを書く作者」
80年代の厳しい開発環境で、コードと表現を両方握ってヒット作を生み出した人物はそう多くありません。
メックナーはその中でもトップ級。
だからこそ、今でも「ゲーム史に残る天才」として語られ続けているわけです。