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63.人類史上もっとも甚大な被害を引き起こしたロケット事故 10選


みなさん、こんにちは。ノウハウツリー管理人です!

ここ最近、北の将軍様がミサイルをか片っ端からぶっ放していますね。

日本政府は、北のミサイルから守る為に防衛費を増やさなくてはならない!などと主張をしています。

忖度してもらうのが大好き我らが安倍首相がやたらと不安を煽る発言をし、防衛費を上げようと必死です。

税金から捻出される防衛費は三菱重工に垂れ流されます。三菱重工の株式は自民党を中心とした政治家が株をたくさん保有しています^^

つまり、不安を煽れば株価があがって含み益が出るんです。

物事の本質を皆さんも理解する様にしましょう!

あんまり安倍首相を批判すると、闇の圧力で嫌がらせが来る様ですので、我らが日本国の安倍を批判する記事はこの変にしておきます^^

さて、テレビの報道では将軍様のぶっ放すミサイルは失敗する確率が高いという印象を受けているのではないでしょうか?

国際宇宙ステーションにドッキングさせるロケットは、成功した時にだけマスコミがやたらと放送します。

ですが、実際にはミサイル発射はアメリカ・ロシア・中国といった大国もかなり失敗しまくっています。

今回は、数々の失敗したミサイル(ロケット)発射のうち被害が甚大だったロケット発射10選をご紹介していきます。

さぁ、行ってみましょう!

民間の打ち上げロケット「アンタレス」の事故

国際宇宙ステーションISSへ補給物資を運ぶための民間無人宇宙補給機シグナスを搭載したアンタレスロケットは、2014年10月28日午後、アメリカのワロックス飛行施設からの打ち上げ数秒後に爆発し、中部大西洋地域宇宙基地も多大な被害を受けました。事故原因究明のためにアメリカで設置された事故調査委員会によると、ロケットエンジンの欠陥が原因でした。疑う余地もなく、この事故はロケット開発企業であるオービタルサイエンシズ社にとって大失敗となりました。

プロトン-M墜落事故


2013年7月2日、グロナス衛星3機を搭載したロケット、プロトン-Mは、バイコヌール宇宙基地からの打ち上げ直後に落下しました。調査報告によると、空間におけるロケットの姿勢を制御するための角速度センサーが逆向きに取り付けられていたことが原因でした。この打ち上げには保険がかけられていなかったため、事故による損害額は日本円に換算すると140億円とも言われています。

ヴァンガードTV3


この大惨事が起こったのは、アメリカが初めて人工衛星の打ち上げを試みた1957年のことでした。1957年12月6日、ロケット、ヴァンガードTV3は地上から1.5メートルほど離床したあと、バランスを崩して落下し、爆発しました。ロケットは燃料を満載していたため、その爆発は、とにかく甚大な規模のものでした。開発者たちは、その後長い間この悪夢にさいなまれることになりました。

タイタン401A


タイタンロケット事故の原因は、発射40秒後に誘導システム内の不具合のあったワイヤーハーネスがショートしたことでした。これは、宇宙開発史上最も高額な損失額をはじき出した大惨事の1つとなりました。タイタンロケットの費用は、搭載していた人工衛星も含め、計10億ドル以上とも言われています。

N-1大惨事


1969年7月、数年内にソ連の宇宙飛行士月面着陸の実現を目指す、超重量級打ち上げロケットN-1の開発が着々と進んでいました。しかし、7月3日に行われた打ち上げは大失敗でその幕を閉じることになります。ロケットが到達したのは、高度はたったの200メートル、その後、エンジンが停止し始めました。2トンもある機体は発射台に激突し、他の発射台を巻き込む大爆発を起こしました。この大惨事はロケットの爆発事故として史上最大のものであり、非核爆発としても最も規模の大きいものとなっています。

チャレンジャー号爆発事故


1986年1月28日、スペースシャトル、チャレンジャー号の10回目のフライトを目撃しようと、ケープ・カナベラルには数十人の記者、児童などの見学者がやって来ていました。打ち上げはテレビで中継されていました。シャトルには7人の乗組員がおり、その中にはプロの宇宙飛行士ではなく、応募者の中から選ばれた女性教師も1人含まれていました。当時スペースシャトルの打ち上げは最低でも気温11度で行うよう推奨されていたにもかかわらず、当日の朝はマイナス2度と冷え込んでいました。事故は、打ち上げから73秒で起こりました。シャトルの一部が外れて燃料タンクに穴を開けてしまったのです。チャレンジャー号は、見物者たちが驚きの眼差しで見守る中、空中で爆発しました。恐怖におののく人もいましたが、ほとんどの人は、一体何が起こったのか事態を飲み込めないでいました。計画に沿ったブースターの切り離しだと勘違いして拍手をおくる人さえいたほどです。

アルカンタラ射場の事故


2003年、星に到達しようとする試みへの代償を血で払うことになった悲劇の国リストにブラジルが加わることになりました。8月25日、3段式のロケットVSL-1は、発射前の最終点検段階で第1段階目の4基あるエンジンのうち、1基がなんの前触れもなく点火、さらに隣のエンジンまで燃焼し、数秒後には爆発、21人が死亡し、20人以上が負傷することとなりました。爆発で発射台は倒壊し、10階建て建造物は、ぐにゃぐにゃに曲がった鉄骨の塊と化しました。

プレセツク宇宙基地の事故


1980年3月18日、プレセツク宇宙基地では偵察衛星イカールを搭載したボストーク2Mの打ち上げの準備が進んでおり、ケロシン、液体酸素、窒素など、さまざまな燃料の注入が行われていました。その最終段階で、過酸化水素の注入が行われていた時に炎上。その結果、300トンもの燃料が爆発しました。大規模な火災が発生し、現場で44人、さらにやけどで4人、計48人の命を奪い、39人の負傷者を出しました。

西昌(せいしょう)衛星発射センターの事故


アメリカ製の衛星インテルサット798を搭載した中国の長征(ちょうせい)ロケットは、1996年に打ち上げを予定していました。打ち上げ予定は現地時間の2月15日、場所は中国南西部の西昌衛星発射センターが選ばれました。ロケットは予定時刻通りに発射されましたが、すぐに機体が傾き始め、22秒後には発射センターから近くの村に墜落、その後爆発しました。アメリカと中国において、それぞれ事故調査委員会が設置されました。どちらも事故の原因については同じ見解を示しましたが、犠牲者に関する調査結果については、中国政府の発表では死者は6人だったのに対し、アメリカ側は数百人にも上るという、全くもってかけ離れたものでした。

ニェジェーリンの大惨事


1960年10月24日、バイコヌール宇宙基地では、大陸弾道ミサイルR-16の試験打ち上げの準備が進められていました。10月、革命記念日に合わせて発射が計画されていたため、その準備は、ほぼあらゆる安全技術基準を無視するほど急ピッチで行われました。発射まで30分を前にして、突如第2段目のエンジンが点火し、それがロケットの瞬発的な爆発へとつながりました。この爆発で発射台は崩壊し、おびただしい数の犠牲者を出しました。公式発表によると砲兵総元帥だったニェジェーリンを含む、計74人が死亡しました。この大惨事はロケット開発史上、最悪のものとなりました。それ以降10月24日は、宇宙飛行関係者にとって追悼の日になっており、バイコヌール宇宙基地では打ち上げが行われることはありません。

あらゆる宇宙開発は、ロケットの墜落事故なしでは考えることができないものです。人類は、自身の野望を叶えるため、その代償としてお金だけではなく、命までも差し出さなければならないことが多々あります。あぁ、なんてことでしょう。

今回もノウハウツリーに起こし頂きましてありがとうございました。また、不定期に知的好奇心を揺さぶる楽しい話のネタをリサーチしますね!では、さようなら!